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長嶺ヤス子の
〜オルフェ〜

2004年12月に行われた公演のチラシです
<東京公演>
<札幌公演>
<大阪公演>
 

“裸足の舞姫”・長嶺ヤス子が、その全てをかけて贈る、灼熱の『オルフェ』

70年代、本格的なフラメンコ・ダンサーとして一世を風靡、その後、フラメンコを離れ、幅広いジャンルの舞踊に挑み、独自の世界を築いてきた長嶺ヤス子。
「炎の踊り」「一期一会の踊り」「ジプシーを超えたジプシー」などと評されてきた彼女が、“生”と“死”の世界を往来するギリシャ神話『オルフェ』を、強烈な“女の情念”で表現する話題作。

<出演>

女=エウリデケ…………………長嶺ヤス子
その夫=ルカ……………………アントニオ・デルガード
死者の国の支配者
      =ハデス…………ケヴィン・ゴードン
ハデスの手下(死神1)
      =ネニ……………ブライアン・ブルックス
ハデスの手下(死神2)
      =コルト…………デリック・ハリス
“宿命”という名の超越者……有本欽隆

<演奏>

ボーカル…………Clyde Williams
        Cheito
フルート…………中川昌三
バイオリン………後藤勇一郎
リードギター……Johny Jones
ギター……………Paco Crvzado
ベース……………Rodney Drummer
ドラムス…………Marty Bracey
キーボード………栗本 修

<スタッフ>

脚本………………野火晃
演出・振付………池田瑞臣
COREOGRAFIA…Antonio Delgado
美術………………松野潤
照明………………(有)内藤オープン
音響………………新井洋治
衣装………………椎名アニカ
ヘアーメイク……佐々木純子
造花………………二渡まさ子
舞台監督…………小林正昭
写真………………今井一詞

 

 

<ものがたり>

<開幕>
 舞台上に、ハデスと、その手下の死神二人。不気味でおぞましく、その一面では妙に享楽的なムードも漂う。死神たちの奔放な踊り。
 やがて、ハデスが、ふと何かに気付いたように、客席左手方向に視線を投げる。そのまま立ち竦んで凝視する。
 地上の女への不吉で身勝手なひと目惚れだ。
 ハデスたちの姿が薄れていくと同時に、スポットが、客席通路に佇む一人の女を写し出す。エウリデケである。
 彼女は足早に歩いて舞台に上がり、踊り始める。貞淑で、愛情溢れる若い人妻の生を謳歌しての明るいステップだ。
 妻を求めて、夫=ルカが現われる。その手に、美しいショール。妻へのプレゼントである。よろこぶエウリデケ。夫婦の愛のデュエットが続く。
 踊り終え、何気なくショールを床に残したまま二人は去る。
 そのショールに、スポットが当たる。
 そこへ、死神二人が姿を見せ、ショールに気付いて、手にとり、奪い合ったりして、たわむれる。
 遅ればせに、ハデス。くるなり、ショールを部下たちから掠めとり「いいか。これはオレのものだぞ」といった仕草をする。
 そして、ショールがエウリデケその人であるように抱きしめ、愛撫をくりかえしつつ、踊り狂う。危険なマーキングだ。ショールに罠を仕掛け、ひと目惚れした地上の女=エウリデケを射止めようという魂胆なのである。
 ハデスは、ショールを、目につき易いところに引っかけ、手下二人とともに去っていく。
 入れ違いに、ショールを探がして、エウリデケが登場。追いかけるように“宿命”が現われる。といっても、その姿は、エウリデケには見えず、声だけが聞きとれる。
 “宿命”が警告する。
 「罠だ。気をつけろ。そのショールに触れてはいけない。それはもう、ルカの愛のこもった贈り物ではなくなってしまった。“死者の国”の支配者=ハデスの邪悪なお前への恋が、よこしまな情欲が、そのショールに死の呪いを吹きこめた。触れるな。死ぬぞ。ハデスの愛は、地上の女には死。死以外の何者でもないのだ」
 しかし、エウリデケにしてみれば、ショールは、見たところ、前と全く変わりなく、夫からの大切な愛のプレゼントに他ならない。
 だから、せっかくの“宿命”からの警告も耳には人らず、ショールを手にしてしまう。
 彼女は、死に、ハデスたちに連れ去られる。ショールは、そこに置き捨てられたまま、だ。
 舞台上には、入れ代わりで、夫=ルカが登場。心配気な面持ちで、妻の姿を探がし求める。
 置き捨てられたショールに気付く。
 すると、再び“宿命”が立ち現われる。
 「遅かったな。もう手遅れだ。エウリデケはハデスの罠に落ち“死者の国”へ連れ去られてしまった。死者は決して甦ってはこず、一方、その時がやってこねば、人は死なない。それが、今のお前たちの置かれた現実であり、宿命でもある。探しても見当らないし、追って行っても無駄なのだ。あきらめろ。辛いだろうが、宿命を受け入れろ。あっ、よせ。ショールになど手を出すな。それを身につければ、たしかに“死者の国”への入口は見つかる。だから、どうなる? 生と死に隔てられたエウリデケは、たとえ見付け出せたにしても、すでにお前の妻ではないのだ。やめろ。よせ。悲しみと絶望を、無限に反芻するだけの結果になるだけだぞ」
 “宿命”の忠告も、ルカの心には届かず、ショールをとり上げて、体に巻きつける。たしかに“死者の国へ続く入口が見える。舞台の一隅に垂れ下がっている、きれいな更紗の薄幕だ。その幕の向うへ、と、走りこむと、死神二人に拒まれる。ルカはかまわず、二人を押しのけて“死者の国”への路を急ぐ。
<暗転>
 エウリデケが坐っている。いや、後ろ向きに坐っているその女が“妻”のように、ルカには思えるのだ。
 ここは“死者の国”なのである。
 女は踊り出す。踊りながら振り向くと、白い面をつけている。やはり“妻”のようでもあり、違うようでもある。
 その女とルカは踊る。踊ってみるが、心の通わない、冷え冷えとしたデュエットだった。
 ハデスが出てくる。元“妻”のようなその女は、喜々としてハデスを迎え、夫との踊りとは打って変わって、情熱的なステップを踏む。
 ハデスから身を離した隙を見て、ルカは走り寄って、女のつけている白い面をはがす。
 そこに表われたのは、まぎれもないエウリデケの顔。やはり「妻だ!」と、わかったが、女のほうは、ルカが誰だかわからない。
 それどころか、近寄る夫を蹴りとばして、ハデスとともに去っていく。その後をルカは追う。舞台上から人影が消え暗くなる。
 無人だった舞台に、明るさが戻ってくると、ひと目で娼婦とわかる女が一人、立っている。
 身も心も娼婦と変わったエウリデケである。
 ハデスと手下の死神二人。この三人と絡んで、彼女は、思いきり性的な娼婦の踊りを披露する。三人が立ち去ると、今度はルカを娼婦として迎えようとする。
 絶望し、仰天し、しばらくは呆然自失。為すすべもないルカだったが、ふと思いつく。ショールをとり出し、エウリデケに見せたのだ。
 過去の記憶とともに、ルカの妻だった、かつての自分が甦る。ルカと固く抱き合い、愛の復活に狂喜するエウリデケ。
 二人は、手に手をとり合い、ここ“死者の国”から脱出しようと誓い合う。
 しかし、そんなことが、どうして可能だろう?
 夫婦といっても、今では生者と死者。無惨に引きさかれ、あの世とこの世の二人が、どうやったら“死者の国”から逃げ出すことなどできるのか?
 事実、二人はたちまち死神=ネニにとりおさえられ、鎖につながれてしまうのである。生と死を非常理につなぐ宿命の鎖だ。逃れられない鎖の重みに喘ぎながらの、夫婦の踊り。
 そこに、ハデス。怒り狂って、ルカに襲いかかり、打ちのめす。その間、エウリデケは二人の死神におさえられている。ハデスは言う。ハデスなりの愛をこめた、おどし文句。
 「エウリデケ。お前はもう、ここに留るほかないのだ。ここ以外に、お前の居場所はない」
 死神たちを振りほどき、エウリデケは、鎖を武器にハデスにとびかかる。短かいが激しい闘争。あげく、ハデスは、弾みでエウリデケを“殺して”しまう。
 殺す? そう、死者を、どうしたら、また殺せるのか? 生からも死からも切り離され、彼女の魂は居場所を失い、永遠に宙に漂ようばかり、だ。
 思いもかけぬ成りゆきに、ハデスは悔い、嘆き、身悶えする。ハデスはハデスなりに、やはり、エウリデケを“愛して”いたのである。“宿命”が現われ、ハデスに話しかける。
 「どうだ、ハデス、二人に最後のチャンスを与えてやらないか。(ハデス、無言で頷く)そうか、承知してくれたな。では、ルカ(倒れていたのを抱き起こして)これが最後の機会だぞ。妻を連れて帰れ。ただしこの国を出るまで、決して振り向いてはならんぞ。このことだけは忘れるな。では、行くがいい」
 ルカが先導し、エウリデケが、後ろからついていく、手探りの脱出行。(舞台を下りて、客席の間の通路を)「振り向くな」鎖の鳴る音。挑むような死神たち笑声。「ふりむくな」必死に、両手で耳を覆うようにして、先を急ぐルカ。「フリムクナ」またも鎖の音に、エウリデケの悲鳴。思わず、振り向いてしまったルカの面前で、エウリデケは、死神二人に舞台上に投げ返され、ハデスの腕の中に。
 ルカ一人、客席の通路にとり残されて、立ち竦む。彼一人にスポットが。
 惨い宿命が、夫と妻を永遠に引きさき、その間に、暗黒の幕を下ろす。
<閉幕>

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