静かな名優

 前回、「ほんまもん」の打ち上げがあったと書いた。その席上。出演者全員が、みんなの前で、収録でのエピソードを語り合った。

 重厚な「おじいちゃん」の佐藤さんが、なんと踊りながら壇上に上がった。
 「いや〜、このドラマにはいろいろありましたねぇ。ガハハハハ。なんぼでも言いたいことありますよぉ・・・エヘヘヘヘ!・・・・ウフフフ、でもね、コレ!」
 と、口にチャックをするマネをして、大いにわかせた。
佐藤さんは、重厚な演技では想像できないほど、普段はにこやかでにぎやかだ。そんな横顔を見て、全く対照的だった名優との出会いを思い出した。

佐分利信さん
三益愛子さん 下条正巳さん
 昭和44年。NHK大阪放送局制作のドラマを収録していた。出演は、三益愛子さん、佐分利信氏、下条正巳氏、私、そしてお手伝いさん役の2人。「母もの」といわれる人気映画シリーズに主演した三益さん、二枚目スターでデビュー、政界ややくざの大物なども演じた佐分利さん、映画「寅さん」シリーズのおいちゃん役でひょうひょうとした演技を見せた下条さん。

三益さんが、高名な彫刻家、佐分利さんがその昔の恋人、下条さんが佐分利さんの友人、私は三益さんの今の恋人役だ。粛々(しゅくしゅく)と本読みが進み、休憩。男優3人がロビーのソファーに座った。画面に高校野球が映っていた。
松山商業対三沢高校。バックスクリーンにゼロが並んでいた。
三沢高校のピッチャーは太田幸司君。

演出助手が、チラチラと様子を見に来る。「あの、お食事をここへ用意しましょうか?」
佐分利さんは、画面に見入ったまま、軽くあごをひいて。
 「うむ」

今はみんなで局の食堂で食べるのだが、当事は控え室に仕出しが届いた。その時は、出演者が大物ぞろいだったので、近くの料亭から豪勢な会席料理のお膳一式が届いた。
それがロビーのテレビの前へ。みんなが食べ終わるのを待って、演出助手が遠慮がちに
「ぼちぼち、リハーサルが始まりますが…」
「ハイ!」と、返事をしたのは私だけだった。

 リハーサル室。
 演出の前田達郎氏が、台本に集中する「フリ」をしていた。長時間待たされた三益さんには「母もの」の慈母の表情はなかった。
 「いい年をした大人が何よ。いつまでたっても子供!!!!!」
 三益さんが切れた! 演出助手がリハーサル室を転がり出た。

――暗転<このあと私の記憶は飛んでいる>

リハーサル室の扉が開いた。佐分利さんと下条さんは、満ち足りた表情だ。無言。三益さんは、もう居なかった。
 佐分利さん、下条さんが顔を見合わせる。困った表情。無言。前田氏がニッコリ笑った。
 「今日はトリにしましょう(撮影をやめましょうという意味)」
 下條さん「遅かったですか」
 佐分利さん、白い歯を見せて照れ笑い。無言。

松山商−三沢戦は延長18回
引き分け、再試合に
覚えている方もあるだろうか、昭和44年8月18日。第51回夏の甲子園大会の決勝戦。延長18回引き分けで再試合となった。2人はなんと、その4時間16分の熱闘をすっかり見終わってしまったのだ。(見始めたのは途中からだったが…)

 翌日。リハーサル室。三益さんの長いセリフ。

「〜〜〜、ということでしょう。それであなたは?」
佐分利さん「…、…、うん」

この「うん」の前の間(ま)がきっかけを忘れてトチったのか、演技なのかが分からない。
前田氏「もう一回お願いします」

 こんな場面に何度も出くわす。
 「いや」とか「ええ」とか「うん」など、ほとんどセリフとも言えない一言だが、何処(どこ)をさまよったかわからない心の傷が、もごもごと口から漏れてくる感じだ。
佐分利さんはいくらトチっても悪びれる様子もなく、演出家を見る。
前田氏「もう一回お願いします」
その場面で私は、隣室で懸命に彫刻を彫っていた。

ラストシーン。

三益さん「今好きな人も居ますし」
佐分利さん、沈黙。カメラはパーンして私の顔をズームアップ。

「ハイ、OK」

長いリハーサルであった。戦後映画の巨匠・小津安二郎監督は、二枚目スターだった佐分利さんが10メートル歩く後姿を撮るのにまる1日かけたというエピソードがある。いくらトチっても、堂々として、何度も平気で繰り返すのもスターの「資質」なのか。




*徳田興人さんは、朝のNHKドラマ「ほんまもん」に出演しています。
今後の出演日  2月23日(土)、3月2日(土)
放 送  8時15分〜8時30分
再放送 12時45分〜13時00分




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