世の中は不思議なもの

 私は物心ついてこの方、家が欲しいとか、いい家に住みたいとか、美味(おい)しいものを食べたいとかという欲望の欠如した人間である。あの戦争中、集団疎開で食べる物のなかった時代でも、そんなに苦痛だった想い出はない。

曲がったキュウリを漬け物に
 現在、私の食生活は朝は芋粥。昼は味噌汁、納豆、一膳の白いご飯。夜は豆腐とメザシ。そして焼酎があれば充分である。ああ忘れていた― 冬はかぶら、夏はキュウリの漬物である。これは必ず自分で漬ける。一日一回黒門市場をぶらついて5本〜7本100円の青龍刀のようなひん曲がったキュウリを見つけてきて乱切りにし、塩と砂糖を少々、隠し味にだしの素を少々、昼ごろ漬けると芝居の稽古の終わる夜10時頃には出来上がりである。

 かつお節をトッピングし、軽く醤油をかけて食べるとすこぶる美味(うま)い。かぶらは一口大に切って、出し昆布をたっぷり、塩と砂糖をほとんど同量、酢を少々、夜には昆布が糸を引き、何とも言えない酒のアテになる。

 私の食卓には贅沢(ぜいたく)な匂いのするもの、肉・カニ・エビ・それにフライ物は一切無いのである。油物は若い時から苦手であった。牛肉を食べたのは大学へ入ってからである。友達に連れていかれてスキヤキを食べた時は、こんな美味しいものがあるのだろうかと感動した。酒も旨かった。

豆腐とメザシがおいしい

 それから、劇団四季にいた頃のことだ。主役の役者から「二十円の電車賃が無いので稽古に行けない」と電話がかかってきた。演出家が「徳田!迎えに行ってくれ‥‥これで、二人で何か精のつくもんでも食って来い」と千円を渡された。それで山手線の目白駅まで迎えに行き、恵比寿駅で降り駅前のロシア料理店に入った。
 私はまだ食べたことがなかったが、あまり美味しそうだったので”ボルシチ”を注文した。赤茶色のコッテリしたスープ、真ん中に半分溶けたバターの塊が浮いていて、あちこちから肉の塊が顔を出していた。ほっぺたが落ちそうなほど美味しかった。それこそ生まれて初めての味だった。

 しかし、このふたつの幸せな体験も、直後におなかをこわして、七転八倒の苦しみを経験した。だから、ふたつとも、うまい思い出ではなく、苦い思い出しかないのだ…。
 つくづく「美食」とは程遠いわが身の存在を思い知った。

体型は「美食家」?

 思えば、私は子供の頃から、お腹いっぱい物を食べた記憶がない。いつも腹七分である。したがって生まれて今まで、胃薬のお世話になったことがない。この18年間、劇団の若者を相手に、貧しい生活の中、汲々(きゅうきゅう)と限界ぎりぎりで生きてきた。・・・そのはずなのに、体型だけはどんどん膨らんでいき、不幸なことに写真のような体型になってしまった。

 これは1年365日アルコール漬けのせいなのだろうか‥‥、しかし世の中は不思議なものである。―身長163cm 体重85Kgの体格は最早救いようがない―と思っていたら、その体型が、美食三昧の生活をおくっている食彩人のイメージにはまったのであろうか? この10月から始まる、朝の連続テレビ小説『ほんまもん』の出演が舞い込んできたのである。…「ほんまもん」の粗食家が、どう「美食家」を演じるか…。ま、おたのしみに。


第1回出演日  平成13年10月17日(水)
放 送  8時15分〜8時30分
再放送 12時45分〜13時00分

    


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