ライトの影にプライドを
三文役者の場合はいつもある日突然仕事が舞い込んで来るのだ―― マネージャーが帰ってきてニコッと笑いながら「徳田さん、戦争犯罪人に似てるんですって?」といきなりカマされた。映画『プライド 運命の瞬間』――東京裁判、正式名称は極東国際軍事裁判の話である。 監督は伊藤俊也。台本を見てびっくりした。英語と日本語が交互に書いてある。いつもの倍の分厚さだ。私の役はA級戦犯で絞首刑になった七人のひとり、土肥原賢二。満州でかなりのことをした男である。 12月から1月末まで本物の法廷そっくりに造られたセット(これは素晴らしいセットであった)にサラリーマンのように通った。 セットの中を大きなクレーンに乗ったカメラが一日中縦横無尽に駆けめぐる。常にスタンバイを要求される。キーナン検事がいきり立って怒鳴っていようが、清瀬弁護人がモゴモゴ喋(しゃべ)っていようが、どこからカメラがターンして狙って来るか分からない。
だが小生はただ無表情に座っているだけだ。時間待ちの間に何冊の文庫本を読破したことか。
しかし撮影には必ず恐ろしい日が待っている。 年が明けて小学校がまだ冬休みのある日に真夏のシーンの撮影だ。巣鴨の収容所の中庭、なぜか、校庭には夾竹桃(キョウチクトウ)の花が咲いている。有刺鉄線とMPに囲まれて散歩をしているのだが、パンツ一枚にペラペラの一重の着物を着ただけだ。 おまけに夏だ! 汗だ! 衣裳さんがとんで来て、役者ひとりひとりに顔から胸から背中まで霧吹きで水を吹きかける。どんより曇った京都の冬だ! 二十数人の囚人とMPの位置どりがなかなか決まらない。それぞれブラブラ歩きながら、独り言をいったり、囁(ささや)きあったりする場所がダブったりで、撮影がはかどらなかったが、3時間寒風にさらされてやっと休憩。昼食の弁当にありついたが寒さでしばし飯がのどを通らない。 昼からロケ地移動、衣裳を着替え冬のシーンだ。ロケバスの中で夜まで待ちだ。伏見の小高い山の上に死刑台のセットが構築されているという。朝からロケに参加していた大勢の役者たちは、死刑台に上る七人を残してみんな帰って行った。 深々と夜は更け、小雪がちらつき始めた。「お待たせしました」と助監督の声がかかったのは夜中の11時。小雪は薄く積もっていた。
絞首台の十三階段の下まで10メートル、歩くだけのシーンが終わったのは午前0時半。
小生自身の『プライド』は、台本に指定された「無罪を主張します」の一言のワンカットに全てを賭けた。
(C) The Yomiuri Shimbun Osaka Head Office, 2000.
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