まだ逢ったことのない人に逢って……

 贋作『タクシードライバー』の公演がいよいよ迫って来た11月初め、ドラマのクライマックス"運転手の一人語り"のセリフがまだ書けなかった。その夜は9時頃、梅田から太融寺のあたりをただぼんやりとタクシーを流していた。すると突然無線が入った。

ひとり語りのシーン
無線室「よみうり周辺、よみうり周辺」
私の手は無意識に無線機を握っていた。
私「26(ふたじゅうろく ふたじゅうろく)」
無「ハイ ふたじゅうろくよみうり玄関]]様」
私「了解」

 玄関に着くとすぐ記者さんが乗ってきた。
「こんな時間にせっかく無線取ったのに、近くで悪いな、西成の花園へ行ってくれる?」
「はい 承知しました」
20分で目的地に着いた。

記者「10分だけ待ってくれる? また社の方へ戻ってもらうから」
私「はい わかりました」

何故か突然、湧き出るようにセリフが浮かんできた。
紙袋から原稿用紙をとり出し、運転手の一人語りの部分を書き始めると夢中になり、ドアをコンコンと叩かれるまで気がつかなかった。
慌ててドアを聞けると、記者さんが
「ごめんごめん こんな稼ぎ時に長い間待たして」
時計を見ると、なんと午前1時10分、3時間半たっていた。

私「いえいえ 私の方こそこんな有り難いことはありませんでした お陰で完成しました」
記「何してはんの?」
私「恥かしいんですが 今月ちょっと芝居をしますんで その台本を書いておりました」
記「ええっ ほんなら 売上げへらした罪滅ぼしに、なにか新聞に書かして下さい」
私「いえ そんなたいそうな」
記「いやいや 稽古はいつどこで? 私は行けませんけど 遊軍記者いうて遊んで飯食うてる奴が居るんです 彼と写真班のもんと一緒に行ってもらいますわ」
私「すんません」

たまたま乗り合わせた記者の記事が反響を呼んで……
とは云ったものの本気にはしていなかった。
ところが翌日、遊軍記者H氏が写真班]氏を連れて天六の稽古場へ現れ、稽古を見て写真を撮って帰っていった。
それでもまだ疑心暗鬼だった。
翌々日、H氏より電話があり、受話器を通して原稿を読み

記「こんなもんでいいですかな?」
私「ハイ けっこうです」
記「じゃ 明日の夕刊に載りますから」

私の思考回路はまだゼロだった。
 その夕刊も見ないうちから 朝日毎日サンケイ、スポーツ紙全紙から電話の鳴りっばなしで、嬉しいやら困ったやら、全く稽古が出来なくなってしまった。

 ささやかに一発で終わろうとした芝居が、劇場は連日超満員、その上、朝日新聞に「作・演出・主演を一手に引き受ける徳田実が現役の運転手だけに、そのリアリティは強烈だ。それも吉本新喜劇とアングラをミックスにした、ふかしぎな演劇の場を現前させる。・・・・人間への連帯に絶望した時、このドラマの存在感は重く胸を打ち、風俗は批評となる」と激賞する劇評まで出てしまった。

奇縁が奇縁を呼んで、ホントにあったことを芝居に書いたとたんに、芝居のようなホントの話が進んでいったのだった。


(C) The Yomiuri Shimbun Osaka Head Office, 2000.