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●こちらは「文芸漫談」の過去の公演リストです

Vol.36●2016年4月21日(木)●メルヴィル『書記バートルビー』

料 金■2,500円(全席自由)
会 場■北沢タウンホール(TEL.03-5478-8006)
    世田谷区北沢2-8-18    

作品詳細

『バートルビー』梗概

1853年に発表された小説。
法律事務所に雇われた青年バートルビーが、やがて一切の仕事を温和な口調で拒否しながら事務所に居座り続けようとする、という寓話的な中編である。
もとは『代書人バートルビー ウォール街の物語』として発表され、短編集に収録される際に『バートルビー』というシンプルな題に改題された。
その内容の不条理性からカフカを先駆けた作品とも言われ、またブランショ、デリダ、ドゥルーズなどの現代思想家にもさまざまなインスピレーションを与えている。

語り手はウォール街の一角で法律事務所を営む年配の男である。
はじめ彼はターキーとニパーズというあだ名の二人の筆耕と、ジンジャーナットというあだ名の雑用係の少年を雇っていたが、仕事が増えてきたために新たに代書人を雇い入れることにした。
募集広告に応じてやってきたのは、バートルビーという名の、品はいいがどこか生気に欠けた青年だった。
こうして雇い入れられた彼は、当初は非凡な量の筆耕をこなしていたが、しかしあるとき所長に呼びかけられて、書き写したものの点検のための口述を頼まれると、「せずにすめばありがたいのですが」とだけ言って再三の頼みを拒否する。
それだけでなく彼は自分の筆写の口述さえも同じ言葉で拒み、ちょっとした使いすらも拒否し筆耕以外の仕事を頑として行なおうとしない。
それでも所長である語り手はバートルビーを重宝がり、また他に行き場のないらしいこともあって少々の不便は大目に見ていたのだが、しかしバートルビーはある日を境に筆耕の仕事すら拒むようになる。
仕事をしなくなった彼に語り手は解雇を言い渡すが、バートルビーは「行かずにすめばありがたいのですが」と言って事務所から出ようとせずに、いつまでも何もせず事務所に居座ったままだった。
万策尽きた語り手はついにバートルビーを置いて事務所の建物を移すが、今度は前の建物の家主から、彼が建物から離れようとしないと言って苦情が来る。
新たな仕事を探してやろうという申し出も、個人的に家に引き取ろうという所長からの申し出も断ったバートルビーは、ついに警察を呼ばれ「墓場」(市立刑務所)に連れられていき、そこで食事を拒んだまま冷たい庭石を枕にして息絶える。
その後、語り手は風の噂で、バートルビーがもともとは郵便局の配達不能便を取り扱う部署で働いていたという話を聞く。
最後は語り手の「ああ、バートルビー! ああ、人間とは!」という言葉で締めくくられる。

ハーマン・メルヴィル <1819年〜1891年> アメリカの作家、小説家

ニューヨークの裕福な輸入商の三男として生まれる。
11歳の頃家の経済状態が悪くなり母の実家オルバニーに移り住み、2年後父が多額の借金を残し死亡する。
ハーマンは学校を中退しニューヨーク州立銀行で働く。
16歳で教員の資格を取りその後小学校の教員を務めたり測量土木の技師を志すが、家計がひっぱくしたまま、債権者の目を逃れるためランシンバークに夜逃げする。
ここでも生活が成り立たなくなり、止む無く1839年に兄の紹介で船員となる。
1840年、捕鯨船アクシュネット号の乗組員となり、翌年太平洋へ航海、きびしい環境に嫌気が差し1842年7月9日、マルケサス諸島のヌクヒーバで仲間と脱走、先住民タイピー族に出会う。
8月にオーストラリアの捕鯨船ルーシー・アン号に救われるが、タヒチ島で乗組員の暴動に巻き込まれイギリス領事館に逮捕される。
10月ここも脱走しエイメオ島に隠れる。
この波乱万丈な航海は、11月、アメリカ捕鯨船チャールズ・アンド・ヘンリー号に救われ、翌1843年4月ハワイに着くまで続き、その後の彼の作品に大きな影を落す。
1843年8月、ホノルルにいたハーマンは、アメリカ海軍フリゲート鑑ユナイテッド・ステーツ号の水兵に採用され、翌1844年ランシンバークに帰郷する。
留守中に家計もよくなり兄弟も独立していた。
暮らしに余裕の出来たハーマンは文筆業で身を立てようと、当時流行していた海洋小説に手を染め、マルケサス諸島の体験を元に1845年処女作『タイピー』を発表。
1850年8月、尊敬する先輩格の文豪ナサニエル・ホーソーンと出会う。翌年『白鯨』を発表するなど精力的に創作活動を続ける。だが、諸作品はことごとく評価されず、文筆で身を立てることが出来なくなった。
外国の領事や海軍に職を求めるがうまく行かず、生活に追われながら細々と小説や詩を発表する状態が続く。南北戦争についての見聞録「Battle Pieces and Aspects of the War」もある。
1866年12月、ようやくニューヨーク税関の検査係の職を得るも、4人の子供の内、長男マルコムのピストル自殺、自宅の焼失、次男スタンウィクスの出奔(1886年サンフランシスコで客死)などの不幸が続く。傑作『ビリー・バッド』完成後の1891年に死亡。
難解な作風のため、一部の愛好者を除いて無視され続けていたメルヴィルの作品は、死後30年を経た1921年に再評価の動きがおこる。
この年、レイモンド・ウィーバ著『ハーマン・メルヴィル 航海者にして神秘家』が発表され、メルヴィルの評価は上昇し、『メルヴィル著作集』全16巻の刊行、『白鯨』の映画化(グレゴリー・ペック主演)などが行われる。
メルヴィルの存命中に考えられなかったことに、今やアメリカを代表する文学者として世界中に知られるようになった。
サマセット・モームの『世界の十大小説』に入っている。

出演者プロフィール

いとうせいこう

1961年、東京生まれ。
早稲田大学法学部卒業。 作家・クリエーター。
『ノーライフキング』で小説家としてデビュー。
その後『ワールズ・エンド・ガーデン』『解体屋外伝』『豊かに実る灰』『波の上の甲虫』などを執筆。
2013年『想像ラジオ』で第35回野間文芸新人賞受賞。
最新作『鼻に挟み撃ち』(2013年すばる12月号)で2度目の芥川賞候補にノミネート。
主なエッセイ集として『見仏記』(共作/みうらじゅん)『ボタニカル・ライフ』などの他、舞台・音楽・テレビなどで活躍。
公式HP=http://www.froggy.co.jp/seiko/


奥泉 光

1956年、山形生まれ。
国際基督教大学大学院修了。小説家・近畿大学教授。
主な小説に『ノヴァーリスの引用』『バナールな現象』『「吾輩は猫である」殺人事件』『プラトン学園』『グランド・ミステリー』『鳥類学者のファンタジア』『浪漫的な行軍の記録』『新・地底旅行』『神器—軍艦「橿原」殺人事件』などがある。 1993年『石の来歴』で第110回芥川賞受賞。
2009年『神器—軍艦「橿原」殺人事件』で第62回野間文芸賞を授賞。
2014年『東京自叙伝』で谷崎潤一郎賞を授賞。
公式HP=http://www.okuizumi.com/